北禅寺は、西寧市北にある湟水という浜にある海抜2400メートルほどの北山の上にあります。「北山寺」で、「永興寺」とも呼ばれます。北山の山崖が重なり合っており、遠くから見ると土楼が高くそびえ立っているようにみえるため、「土楼山」と名付けられ、北禅寺はそれゆえ「土楼観」とも称されることがあります。北山寺はもともとは仏教寺院で、青海省で一番古い宗教建築で、北魏明帝時期(公元106年)に始めて建てられ、1900年以上の歴史があります。のちに道教が盛んになったため道教の寺院となりました。建築は北山に寄りかかるように、山腹の赤砂岩天然断層に西から東まで建てられ、楼阁はぶら下がっており、奇観といえます。「北山煙雨」は「西寧八景」の一つと称えました。
北禅寺は土楼山の独特な丹霞地形にしたがって建てられました。柔らかい岩層が内にくぼみ、サイズの異なる洞穴に形成し、地元の人からは「九窟十八洞」と呼ばれています。洞内には玉皇、観音、文殊菩薩、普賢菩薩、関雲長などの仏像があり、洞壁上の神像画や花、山水画は、漢やチベット仏教絵画のスタイルが濃く、かつては「西平莫高窟」という美誉を持ったことがあります。固い岩層が外にふくらみ軒のようなっており、ここに宮殿が建てられてぶら下がっています。桟道回廊は、宮殿楼阁と洞穴群をつなぎ、殿の中に洞、洞内また洞、洞中に仏像がある景観になります。桟道回廊は懸崖にへばりつくようにぶら下がっていているため、「中国第二大懸空寺」という美称をもちます。
霊宮殿の後ろは王母大殿です。王母大殿は土観楼整体の主殿で、通常は宗教活動を催す主要な場所です。大殿は二階建てで、一階は王母に供え、二階は道教の最高尊神—三清:玉清元始天尊、上清霊宝天尊、太清道徳天尊を祭ります。
土楼山の中部には、露天の金剛二体があります。東側の金剛と西側のものがつながり、高さは30メートルほどです。金剛は、もともとは山崖の突出した部分にあったのですが、のちの風の侵蝕と雨水の浸食で奇特な造型になりました。魏晋南朝時期、信徒たちが原造型をもとに、二体の仏像に彫刻して、「露天金剛」と称します。
その露天金剛も天神、天王と呼ばれ、遠く見ると大仏の頭、胴体、下肢、顔立ちがはっきりして、飾り気がなく、唐代のスタイルが濃く、自然景観と人文景観の完璧な組合をなしています。仏像の西側、殿堂楼阁が山に建てられ、左から右まで順に斎堂、玉皇阁、後城隍、闘母殿、奎星阁(土観楼)、西方三聖殿、関帝殿になっています。