都江堰は四川省都江堰市の灌口という町に位置し、古代に建設され、今でも役に立っている大規模な水利プロジェクトです。「世界水利文化の開祖」と呼ばれ、中国の有名な名所古跡の一つです。。
秦の時代の蜀郡の太守(注釈:中国の古代の官職)李氷父子が群衆を率いて、紀元前256年ごろ都江堰水利プロジェクトを建設しました。今では、全世界で歴史が最も長く、唯一保存され、しかもダムがなくて引航を実現する大型の水利プロジェクトです。2000年、悠久な歴史、大きいな規模、合理的な構成、科学的な運行、環境にもやさしいなどの特徴で、また歴史の面でも科学の分野でも高い価値を備えているので、都江堰水利プロジェクトは世界文化遺産に登録されました
現在、成都平原は「天府の国」と呼ばれていますが、古代には実に旱魃や洪水も非常に頻繁な地域でした。岷江は長江の支流で、しかも水量がすごく豊富で、ちょうど四川盆地という中国西部の豊かな地域を経由し、典型的な地上川になりました。都江堰と成都の距離はわずか50キロメートルですが、しかし273メートルの驚くほどの高低差があります。古代には、岷江は洪水が発生したら、成都平原は果てしのない海原になって、旱魃(かんばつ:雨が降らないなどの理由で土壌が乾ききってしまい、農作物が育たない状況。)が発生したら、また不毛の地域になってしまいました。
構造
魚嘴
都江堰水利プロジェクトは洪水防止、農業灌漑用水の提供、水上運送を一体とした水利工事です。都江堰の第一肝心な部分の魚嘴は分水の役割を果たしています。魚嘴(岷江の流れを適切な比率で本流と灌江に分ける「魚嘴」は最も重要な構造物である。)の建設場所、大きさ、長さ、高さ、傾斜角度と造る位置の周辺の水流流速、水量などが全部精密に計算、設計されています。それで造った魚嘴がうまく岷江の内江と外江の分水をしています。増水期は上流から流れてきた岷江総水量の60%が外江に入り、40%が内江に流れます、渇水期が逆になり、60%の水量が内江に入り、40%の水量が外江に入ります。そうすると、うまく内江に入る水量をコントロールして、増水期の洪水を防ぎ、渇水期には農業灌漑用水を確保します。
宝瓶
都江堰第二の肝心部分‐宝瓶口は成都へ水を導く主要な役割のほかに2回目の分水効果もあります。宝瓶口は幅が一定なので、その中に入る水が自然に制限されています。余った水は、飛沙堰を通って、外江に流れ、効率的な2回目の分水機能をしています。
都江堰水利プロジェクトのおかげで、成都平原は広くて肥沃な地域になって、中国西部は真珠のように輝いています。