香妃墓はアパクホージャ墓の別称で、カシュガル市の東北に5キロの浩罕村にあります。ここはイスラム教白山派の首領アパクホージャ及びその家族の墓地であり、総面積は2ヘクタールあります。香妃墓は1640年前後から建てはじめられた典型的なイスラム風の陵墓建築です。
香妃について
香妃は清代乾隆帝の妃で本名をマイムールアズムといいました。彼女は生まれながらにして香りを漂わせていたので「イパルハン(ウイグル語では香ばしい娘の意味)」と呼ばれていました。清代皇帝の妃に選ばれ、香妃の号を賜ったイパルハンは、北京の風土に馴染むことができず亡くなりました。清代の史書によると、イパルハンは宮廷で28年間生活し、55歳で亡くなり、河北省の清東陵裕妃園寝に葬られたとされています。現在の調査では香妃墓に葬られたのは香妃の衣装だけだそうです。
香妃墓の観光スポット
香妃墓は高さ40メートルで、門楼、小礼拜寺、大礼拜寺、教経堂、主墓室の五つの部分からなり、まるで豪華で壮大な宮殿のようです。ドーム型の屋根には巧みに造られた塔楼があります。そして、塔楼の屋根には、きらきらとした金鍍金の月があり、静かで荘厳な雰囲気に包まれています。陵墓の大広間には、人の高さの半分ほどの台があり、その後ろには香妃の家族(5代72人)の58のお墓が並んでいます。香妃のお墓は台の東北方向にあり、お墓には香妃の名前がウイグル語と中国語で書かれています。お墓は青いガラスブロックで覆われ、またその上には様々な柄の布に覆われています。これは死者に対する尊敬の意を表すとともに、お墓を保護する役目もあります。お墓の左には大小二つのこぢんまりしたイスラム教寺院が建てられ、お墓の後ろには墓地が広がり、とても壮大です。
アパクホージャ墓は300年余り経った今でも、昔のありのままの建築がよく保存されています。ここを訪れる観光客の中には「香妃の謎」の探ってやってくる人もいますが、やはりアパクホージャ墓の優れた建築技術や芸術を見るために来る観光客がほとんどです。
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